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表紙・ちょっとより道更新日:2015年9月30日

表紙 市民体育祭

市民体育祭

 10月4日(日曜日)(大岡地区は9月27日)に各地区で市民体育祭が行われます。
 市民体育祭では、玉入れや綱引きのほか、子どもからお年寄りまで誰もが楽しめる種目や各地域でのイベントなどが行われ、地域の絆を深めるよい機会となっています。

ちょっとより道   江戸の大相撲と県内最古の埴輪(大谷  雷電山古墳)

大雷神社の様子

辻相撲の絵馬

埴輪の写真

より道の地図


 大岡小学校の西に、貞観元(859)年に創建された大雷神社が鎮座しています。江戸時代から、大雷神社では10月の祭礼に江戸の大相撲を招いて、ぼたもち相撲と呼ばれた奉納相撲を盛大に催し、「関東の三大辻相撲」の一つに数えられていました。「辻」と呼ばれる相撲場は、九十九谷と称される地形を利用して、神社の南北にあり、南側を一の辻、北側を二の辻といい、一の辻は大相撲専用でした。明治10年頃までは江戸の一流力士が熱戦を繰り広げ、「その年の番付は大谷の相撲で決まる」といわれるほどであったそうです。現在でも北側の二の辻や当時の辻相撲の様子を描いた絵馬が遺されています。
 この大雷神社の建っている場所は、5世紀初頭に築造された雷電山古墳という古墳の頂上です。雷電山古墳は全長約86メートル、高さ約8メートルで、帆立貝のような形をしているため、帆立貝式古墳といわれています。この古墳から出土している埴輪は埼玉県最古のもので、他の古墳から出土した埴輪とは異なる特徴を持っています。県内初の埴輪を制作したのは、埴輪専門の職人でなく、その特徴から土師器づくりの職人が、伝播した埴輪づくりの情報に基づいて制作したものであろうと推測されています。
 雷電山古墳の周囲は下草がきれいに刈られ、帆立貝式古墳の形状が見て取れます。雷電山古墳の山頂、大雷神社に佇んで、当時ここで繰り広げられていた大相撲の様子や、その昔埼玉県初の埴輪を作らせた雷電山古墳に眠る首長に思いを馳せてみませんか。

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