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野田の獅子舞

野田の獅子舞

夏祭りには厄除け、秋祭りには豊作と無病息災の感謝を祈念し、奉納されています。創始当時の獅子頭を納めていた箱に『寛永十二亥(1635年)六月創始』と書いてあったことから、今から三百数十年前の江戸時代に、野田村の名主・長谷部平兵衛福兼によって創始されたと伝えられています。獅子元は現在まで長谷部家によって引き継がれています。当日は、長谷部家で支度を整え、赤城神社までの街道下りを行います。野田の獅子舞の大きな特徴は、8畳ほどの敷物の上で舞うところです。本殿前にしつらえた敷物の上で切り袴・白足袋姿で舞うところから、座敷獅子と言われます。夏祭りは、元は字西野(西明寺沼の西)にあった八雲神社(天王様)で奉納されていました。八雲神社は明治41年(1908年)に赤城神社に合祀されています。大正時代末期から太平洋戦争の終結までの間に一度途絶えてしまいましたが、昭和24年(1949年)に保存会ができ、翌年復興しました。近年は、10月21日に西明寺(薬師様)での奉納も行われています。現在の獅子頭は文久元年(1861年)に作られたものですが、創始当時の隠居獅子と呼ばれる旧獅子頭も残されています。隠居獅子も東松山市指定有形民俗文化財に指定されています。

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獅子舞唄

[悪魔払い唄]

 この獅子は 悪魔を払う獅子なれば 見る人ごめら息災のため

[名主ほめ唄]

 名主殿 今は盛りと眺むれば 黄金算盤お手に持ち 七郷八村の諸事を召さるな

 朝草に 桔梗小花を刈りまぜて これが馬舎は花でかがやく

[天王参り唄]

 吾々は 南無や天王の申し子で 人をすすめて町をたてたい

[鎮守参り唄]

 参り来て 赤城のお庭でささらする 里の幸い神に祈りて

[宮参り唄]

 参り来て これなるお宮をうち見れば 四本柱は銀金と内なる座段は黄金なるもの

[寺の庭唄]

 参り来て 御本尊前でささらする 南無やなむなむ後の世の鳥

[舞終りの唄]

 月も日も 西へ西へとおしきやる 我等も国へといざや共立

奉納日

7月14日、10月14日にそれぞれ近い日曜日

奉納場所

赤城神社(野田455)

指定年月日

昭和55年(1980年)1月10日(東松山市指定文化財―無形民俗)

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